最終更新日 2025年6月24日 by atsumu
私の故郷、福岡県久留米市の建設現場から見える風景は、そのまま現代日本の縮図と言えるかもしれません。
そこには、人口減少という大きな潮流の中でインフラを守ろうとする人々の苦闘があり、同時に、地域に新たな価値を生み出そうとする確かな希望の光も灯っています。
私はこれまで約40年間、大手ゼネコンの設計者として、また行政のアドバイザーとして、そして一人の物書きとして、建設という仕事とその倫理を見つめ続けてきました。
この記事では、単なるデータや評論では見えてこない「現場のリアル」に光を当てます。
地方都市が抱える建設業界の「課題」と、その先にある「希望」の輪郭を、私の経験と取材を通して描き出してみたいと思います。
地方都市における建設業界の現状
久留米という街は、筑後地方の中核都市として独自の産業と文化を育んできました。
しかし、他の多くの地方都市と同じく、避けては通れない現実に直面しています。
久留米という都市の特性と建設需要
人口約30万人。
微減傾向にあるこの数字は、税収の減少と社会保障費の増大という、自治体経営の厳しさを物語っています。
私が大成建設で大規模な公共建築の設計に明け暮れていた時代とは、社会の前提が大きく変わりました。
高度経済成長期に造られた多くの公共施設やインフラは一斉に更新時期を迎え、その維持管理は市の財政に重くのしかかっています。
新しいものを造る時代から、今あるものをいかに賢く維持し、次世代に引き継いでいくか。
建設業界に求められる役割そのものが、静かに、しかし確実に変化しているのです。
人口減少とインフラ維持のジレンマ
この課題は、全国の地方都市に共通するものです。
- 担い手の減少: 建設業の現場では、若者の入職が減り、職人や技術者の高齢化が深刻です。10年後、今の技術を誰が引き継ぐのかという切実な問いがあります。
- 働き方の変化: 2024年4月から始まった時間外労働の上限規制は、働く人の環境を改善する一方で、人手不足の現場に更なるプレッシャーをかけています。
- 資材の高騰: 近年のウッドショックや円安は、建設コストを直撃し、中小企業の経営を圧迫しています。
これらは単なる経営課題ではなく、私たちが日々利用する道路や橋、水道といった社会基盤の維持そのものを揺るがしかねない、大きなジレンマなのです。
中小建設業者の経営課題と人手不足
地域の建設需要の多くを担っているのは、地元に根差した中小の建設業者です。
彼らこそが、地域のインフラを隅々まで守る毛細血管のような存在と言えるでしょう。
しかし、その経営環境は決して楽観できるものではありません。
公共工事の減少、厳しい価格競争、そして何より深刻な人手不足。
私が県のアドバイザーとして多くの経営者と話をする中で、その苦悩の声を幾度となく耳にしてきました。
こうした厳しい状況だからこそ、新たな活路を見出そうとする動きも生まれています。
例えば、自社の強みや施工実績をWebサイトで効果的に発信し、新たな顧客や若い人材を獲得しようとする試みです。
実際に、建設業界のDXを支援するBRANUのような専門企業のサポートを受け、デジタル化によって経営課題の克服を目指す中小企業も増えつつあります。
「現場」のリアルに寄り添う
図面やデータだけでは、建設という仕事の本質は見えてきません。
大切なのは、そこで汗を流す人々の声に耳を澄ますことです。
久留米の大工町:記憶としての風景と労働の音
私の原風景は、久留米の「大工町」にあります。
幼い頃、そこかしこから聞こえてきた槌音や、木材の香り。
それは、街が生きている証そのものでした。
あの活気ある風景は、多くの職人たちの手によって支えられていたのです。
彼らの労働が街を形づくり、人々の暮らしの土台となっていました。
その記憶は、私が「人の営みとしての建設」を考える上での原点となっています。
若手技術者の声:なぜこの仕事を選んだのか
先日、久留米市内の現場で20代の若手技術者と話す機会がありました。
「なぜこの厳しい世界に?」という私の問いに、彼は少し照れながらこう答えました。
「地図に残る仕事、という言葉に惹かれました。自分が関わった建物が、何十年もそこに建ち続ける。それって、すごいことじゃないですか」
給与や休日だけではない、この仕事ならではの矜持。
その言葉に、私はこの業界の未来を支える確かな光を見出した気がしました。
現場監督の1日:汗と判断と責任のあいだで
現場監督の仕事は、まさに「判断」の連続です。
- 朝礼: その日の作業内容と危険箇所を全作業員に周知徹底する。
- 現場巡回: 図面通りに施工が進んでいるか、品質は確保されているか、くまなくチェックする。
- 打ち合わせ: 発注者や設計者、協力会社の担当者と、仕様や工程について協議する。
- 書類作成: 山のような安全書類や品質管理記録を作成する。
- トラブル対応: 予期せぬ天候の変化や、近隣からのクレームに迅速に対応する。
彼らは常に品質、コスト、工程、安全という4つの責任をその両肩に背負っています。
その汗と苦悩の上に、私たちの社会は成り立っているのです。
公共発注と地域社会の関係
建設業界、特に公共事業を語る上で、発注者である行政との関係は切り離せません。
談合問題の残像と倫理的再構築
2000年代、建設業界は談合問題で大きく揺れました。
私も設計者として、また一人の人間として、公共建築における倫理とは何かを自問自答し、業界紙に拙い文章を寄せたことがあります。
あれから20年近くが経ち、入札制度は大きく変わりました。
価格の安さだけでなく、企業の技術力も評価する「総合評価落札方式」が導入され、透明性や公正性は格段に向上したと言えるでしょう。
しかし、制度が複雑化したことで、企業の事務的な負担が増しているという新たな課題も生まれています。
真に地域のことを考えた事業者が正当に評価される仕組みとは何か。その模索は今も続いています。
公共建築の発注構造と地方自治体の苦悩
一方で、発注者である自治体側も深刻な問題を抱えています。
- 専門職員の不足:土木や建築を専門とする技術系職員が全国的に減少しています。
- 発注能力の低下:職員不足により、適切な仕様書を作成したり、工事を監督したりすることが難しくなっています。
- 住民への説明責任:限られた予算の中で、なぜこの工事が必要なのかを住民に説明する責任はますます重くなっています。
これは、発注者と受注者、どちらか一方の問題ではありません。
地域社会全体で支え、考えていくべき構造的な課題なのです。
発注者と施工者の信頼関係はいま
かつてのような癒着の関係は過去のものとなりました。
今、求められているのは、対等なパートナーとしての健全な信頼関係です。
発注者は工事の目的や背景を丁寧に伝え、施工者はその専門技術で応える。
互いがリスペクトを持ち、同じゴールを目指して協力する。
当たり前のことのようですが、この関係を築くことが、質の高い社会資本を生み出すための第一歩だと私は信じています。
希望としての建設:再生とつながりの可能性
多くの課題を抱える地方の建設業界ですが、私は決して悲観していません。
時代の変化の中にこそ、新たな役割と希望が生まれるからです。
空き家活用と建設業の新しい役割
全国で問題となっている空き家は、見方を変えれば「地域の資源」です。
古民家をリノベーションしてカフェや宿泊施設に再生する。
使われなくなった倉庫を、若者のためのシェアオフィスに変える。
こうした動きは、建設業界にとって新しい市場の創出に繋がります。
新築だけでなく、既存の建物の価値を見出し、新たな命を吹き込む。
そこに、これからの建設業の大きな可能性があるのです。
地元高校と連携した技能継承の試み
未来の担い手を育てる動きも始まっています。
久留米市でも、地元の工業高校と建設業協会が連携し、生徒たちが現場を体験するインターンシップが積極的に行われています。
百の言葉よりも、一度の体験。
現場の空気を感じ、職人の技を間近で見ることで、若者たちの心に火が灯る。
こうした地道な活動こそが、10年後、20年後の地域を支える礎となります。
建設現場から見える「地域へのまなざし」
建設の仕事は、ただ建物を造ることではありません。
その土地の歴史や文化を理解し、そこに住む人々の暮らしに思いを馳せる。
現場で働く一人ひとりが、そうした「地域へのまなざし」を持つことが、これからはより一層重要になるでしょう。
安全や品質はもちろんのこと、周辺環境への配慮や、地域住民とのコミュニケーション。
そうした細やかな心配りの積み重ねが、地域からの信頼を育んでいくのです。
まとめ
地方の建設業界は、確かに多くの苦悩を抱えています。
しかし、そこには厳しい環境の中で職務を全うしようとする人々の矜持があります。
私が伝えたいのは、図面や契約書には決して描かれることのない、彼らの想いや仕事の価値です。
- 地方建設業は、人口減少やインフラ老朽化という大きな課題に直面している。
- しかし現場では、若者がやりがいを見出し、多くの技術者が責任感を持って社会を支えている。
- 空き家の再生や技能継承など、時代の変化に対応した新しい役割が生まれている。
建設とは、未来への投資です。
たとえ人口が減ったとしても、そこに人が暮らす限り、安全で豊かな生活の基盤は不可欠です。
図面に描かれない価値を社会全体で再発見し、現場で働く人々を支えていくこと。
そこにこそ、地方都市・久留米、そして日本の未来を切り拓く希望があると、私は固く信じています。